![]() 《Seed of a Flower Soul》 Cotton of floss silk tree/Black pottery(original work) 花霊の種子。 ブラジル、アルゼンチン原産の酔いどれの木。 その樹形逞しく、無数の鋭い棘を有し、他を圧して寄せつけず、野太く圧倒的な存在感を誇る。 南米桜の異名。暖かい南の島の大地に、稔りの便りある秋、ピンク色の五弁の鮮やかな花を咲かせて美しい。 花は咲き、散り、土へと還る。 花は絶えず、また絶えてなお、永遠の花霊となる。 すべての花は結実して果実を成し、熟し、弘法大師空海の言う、暗し母の子宮から、無数の種子は「世界」へと拡散する。 "一輪の野の花に楽園をみる" 常に、この一説を浮かべます。 豊穣な花の恩恵。未見の世界への開示。 花は、無言にして、聲を発し、魂こそ普遍。 ただ、一輪の花に想いを馳せ。 ただ、感謝を。 満開の花の春に。 ![]() Endless Begining Brancusi ![]() 右、トルソ 大理石1909 左、王妃X 磨かれたブロンズ1916 ![]() 国境標識 石1945 ![]() 眠るミューズ1909-10 ![]() ブランクーシの肖像 モジリアニによる素描と油彩 制作が出来ない日が続く中、最も好きな彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの評伝を読んでいます。その一部を紹介します。また読後感など少しずつ書けたらと思っています。 この偉大な彫刻家、ブランクーシと同じルーマニアに生まれた宗教学者で作家のミルチャ・エリアーデの、学者らしく、少しむつかしいのですが、特に印象的な一説だけ記しておく事にします。 「石を研磨する長い作業の間ブランクーシが一体どのような想像的世界をさまよっていたのかをわれわれが知ることは決してないだろう。しかし、この石との長い間の親交は、ガストン・バシュラールがみごとに分析してみせたあの『物質(マチエール)の夢想』を必ずや助長したにちがいない。それは、他の何にも増して『物質』である石が、聖性や力や幸運を体現しているがゆえにその神秘の姿をやがて徐々に差し示す、『深奥の世界』へいわば沈潜することだった。神性顕現や宗教的意味の源や場としての『物質』を発見したことによって、ブランクーシは、古代の芸術家の感動や霊感を見出すことが出来たのである。」 ![]() ミルチャ・エリアーデ「ブランクーシと神話」 ![]() 《An eternal symbol》 Leaf of magnolia,Shell&Book 尊敬の形。唯一無二の人に。 そして、知恵を与えてくれる人々に。 花を活けるとは、 花々のいのちの煌めきを捉える事。 花々の影となり、そのいのちのエッセンスを凝縮する事。 その時はじめて、大いなる自然の縮図を見る事が出来るだろう。 ![]() Shozo Nakano FlyerExhibition #5 《BLESSING》 material:Rose,Shell,water 薔薇の名は、タージ・マハル。 取り合せたのは、亜熱帯の海から持ち帰った大きなシャコ貝の、清澄な美しさ。 「貝殻と花」 着想は、ふと思い浮かべたこの一語だった。 貝殻は仏宝のひとつでもあると言うが、ものに意味を持たせる認識以前に、自ずと聖性を感じていた。 ルネサンスの画家、サンドロ・ボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」は、海の彼方からヴィーナスが貝殻に乗ってやってくる。そのそばで、西風の神、ゼフュロスと花の女神フローラが、無数の薔薇を撒き散らしている。百花繚乱の世界。ゼフュロスのおこす風によって、ヴィーナスの金色の髪の毛が渦巻いて乱れる。 出来上がって後、そんなイメージが重なる。意図しない偶発的産物。 薔薇の魅惑、 花は生を象徴する、 生誕の祝福を込めて。 (貝殻について。ミルチャ・エリアーデの「貝殻のシンボリズムについての考察」によれば、貝殻は女性的、「陰」 的で、女性や子供を悪しき呪い、病い、不妊などから加護するという護符のシンボリズムや、受胎と出産を促進するという誕生と再生のシンボリズムを表わすものだという。) ※フライヤーは、所望頂けましたらお送り出来ます。お知らせください。花の装飾などの依頼も併せてご相談に乗ります。詳しくは、下記又は、コメント欄まで。 08052487275 中野正三 いけばな家(shozo nakano/floral decorator) Thank-you for Club Megahertz ![]() " Noble " narcissus/ancient copper ware いにしえの詩人たちが詠んだように、水仙の花が、梅に先んじて春を告げる。 「心月ひとり円かにして、万象は光を呑む」 ふと、禅の高僧が遺した、その言葉を感じとった月の夜だった。闇に漂う清涼な風、霊妙なる香気、神性を顕す白。 古い銅製の花器に投げ入れた。恐らくは、寺僧が仏に花を捧げるものだったに違いない。 生けながらいけばなの起源と、茶聖利休の、白き花への愛着を感じていた。と、同時に古今集に遺された、上代仮名は植物の変幻である。と言う言葉は、今作に啓示をもたらすものであったかも知れない。 [
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